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名所・観光施設情報

産業振興課 : 2015/07/16

三木まんで願鏡


三木まんで願鏡

町内に事業所を置く企業から寄付を受けて三木町が設置した万華鏡モニュメント。

高さ  約8メートル
夜間にLED発光による優しい光で癒されます

内部は大きな万華鏡になっており、下のステップに立って見上げると、コンピュータグラフィックで作成された幾通りもの神秘的な模様をご覧いただけます。

出会えればラッキー♪
 稀に「幸」と「福」の二頭の獅子も現れます。
 運試しに訪れてみませんか?

点灯時間/午前6時から午後10時
所在地 /木田郡三木町大字鹿伏245番地1     



ま ま


ま

◆◆横には電光掲示板があり、町内外の企業・団体による広告宣伝や、町からの行政情報等を点灯時間に合わせてお知らせしています。◆◆ 

虹の滝


遊歩道の紅葉
高松市塩江町と町境にあたる小蓑地区にある雄雌二つの滝。

規模はさほど大きくはありませんが水量が豊富で、日光に水煙りが映えて七色の虹が現れることから「虹の滝(こうのたき)」と名づけられたと言われています。

水しぶきを上げて落ちる滝の美しさは格別で、讃岐百景にも選ばれていますが、なかでも初夏の緑と晩秋の紅葉は素晴らしく、ハイキングやキャンプのシーズンには大勢の人が訪れ、山菜とりや川魚釣りなどのアウトドアを楽しんでいます。

虹の滝キャンプ場にはバンガローがあり、夏には家族連れで賑わいます。

所在地 / 香川県木田郡三木町大字小蓑
雄滝

★雄滝★(写真左)

高さ約11メートル、幅5メートル
別名「かもじか滝」と言われています。


雌滝
















 

★雌滝★(写真右)

落差が約8メートルで、幅は6メートル。
銚子の形に似ているところから別名
「銚子滝」とも言われています。


太古の森


太古の森

讃岐百景の一つ「山大寺池」のほとりにある森。

三木町のシンボルであるメタセコイアが生き茂る太古の森は、自然とのふれあいを通じて心の交流を図り、緑と自然に対する理解と愛情の心を培うメタセコイアの森づくりを推進することを目的に整備されました。

新さぬき百景の一つ、山大寺池の東部に突き出た半島部約3.8ヘクタールに三木町の記念樹であるメタセコイアを2,700本植樹し、生きた化石植物の群落を出現させました。

面積 / 37.713平方メートル

メタセコイア
〜太古の森(メタセコイアの森)〜
太古の森は、みどりの丘、展望の丘、記念の丘、太古の広場それらを結ぶ散策コースからなります。
自然とのふれあいの中で、悠久の時の流れに思いをはせ、四季折々の散策、森林浴が楽しめます。
太古の森に恐竜ティラノサウルス、トリケラトプスの遊具などが設置され、子どもたちの新しい遊び場となっています。

〜メタセコイアと三木茂博士〜
本町鹿庭出身で植物学者の故三木茂博士が昭和16年、わが国の第三紀の地層から発見した化石から命名。

それから四年後、中国四川省の奥地で神木としてメタセコイアが生き残っていたことが判明し、博士の報告の正しかったことが世界中に知れわたり多くの人の賞賛を受けた。

恐竜

〜水上アベニュー〜
太古の森と総合運動公園を結ぶ連絡橋として、山大寺池に浮橋「水上アべニュー」が整備されました。
40個のフロートの上に鉄骨製の橋を載せ、通路部分は板張りとなっています。
幅1.5メートル、長さ72メートル、中央部には4箇所の「出島」があり、水上で休憩できるようになっています。
水上アべニュー
所在地 木田郡三木町大字上高岡2547番地1
年中無休
駐車場あり
 (注)ただし月曜日は併設する施設が休館のため、利用出来ません。

白山



白山
〜白山は、三木町のシンボル〜

天下の名峰富士山に姿形がにている白山は、讃岐富士とよばれる西の飯野山に対して、東讃富士と呼ばれています。
柔らかな線がおむすび型を描く白山は眺める人々を心穏やかにするような優しい山です。
高さ203メートルで四季の移り変わりに見せる山裾の風景は美しく、数多くの史跡があります。
山の頂きにある大岩には深い穴があり、硬貨を入れるとしばらくの間音が聞こえると言われています。
山頂には龍王神社があり、山裾には白山神社があります。
昔雨乞いの山として、農民から崇拝されていました。
今は、朝早くから多くの山登りの人々で楽しんでいます。そして町のシンボルとしていつまでも親しまれています。
白山
◆春の白山は桜がきれいですよ◆

静御前の伝説


静薬師庵

三木町井戸地区中代の鍛冶池のほとりに老松の木立ちに囲まれて「静薬師庵」があり、源義経の愛した静御前の墓と伝える五輪塔がある。

〜静御前〜
静の生没年は不詳。
磯禅師の娘で、舞曲にすぐれた美しい白拍子(舞姫)であったという。

文治元年(1185年)頼朝と不和になった義経が京都の六条堀川亭で遊んだ時、静と親しんだのが2人の出会いであった。
その年、義経と吉野で別れたあと翌文治2年(1186)捕らえられ鎌倉に送られ、静は頼朝から義経の所在を尋問されたが、知らないと言い通し、4月8日静岡八幡宮の回廊で義経を慕う舞を舞ったのは有名な話である。

伝説ではこのあと静は讃岐へ来て、長尾寺で得度して尼になり、この地で亡くなったという。墓は鍛冶池のほとりの「静薬師庵」のほかに塚脇の願勝寺 にもある。讃岐に来たのは、母磯禅師が大内町丹生の出身だったからと言う伝説である。

 


静御前の伝説

所在地 木田郡三木町大字井戸
       (鍛冶池そば)
無休 外観のみ見学可
駐車場なし